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KeynoteとPosteRazorによる学会ポスター分割印刷作製

学会や研究会のポスター発表では、できれば大判ポスターで発表したいものである。大判ポスターはデザイン性に優れ、インプレッシブなポスター発表をすることができる。

しかし、大判ポスターは嵩張り、ポスターケースに入れて持ち運ばなければならないなど不便である。国際学会のポスター発表では、ポスターケースは機内持ち込みができず、手荷物として預けなければならないため、乗り継ぎがある場合にはロストバゲージしてしまうかもしれない。

そこで、MacのKeynoteで大判ポスターをデザインし、PosteRazorで分割印刷して、学会発表ポスターを作製する方法について紹介したい。大判ポスターを分割印刷すれば、A4サイズやA3サイズになるため、持ち運びしやすく、大判プリンタがなくても大判ポスターを作製することができる。

1. Keynoteによるポスターのデザイン
まず、Keynoteを起動して、新規のスライドを作成する。インスペクタの書類のタブで、スライドのサイズを設定する。カスタムサイズのスライドサイズを選択し、

のように幅2384ピクセル、高さ3380ピクセルに設定する。これでA0のポスターをデザインすることができる。

2. ポスターのPDF・PNG形式での出力
ポスターをデザインしたら、Keynoteのツールバーからファイルの書き出すを選択し、

のように最高のイメージの品質でPDF形式で書き出す。続いて、書き出したPDFファイルをプレビューで開き、プレビューのツールバーからファイルの別名で保存を選択し、

150ピクセル/インチの解像度でPNG形式で保存する(poster.png)。より高精細に印刷したいときは300ピクセル/インチとする。ここまでで大判ポスターの準備は完了である。ここで大判プリンタで印刷すれば、そのまま大判ポスターとなる。

3. 大判ポスターのPosteRazorによる分割印刷
ここでは大判プリンタでは印刷せず、PosteRazorで分割印刷することにする。PosteRazorのWebサイトからMacのバイナリをダウンロードし、インストールし終えたら、PosteRazorを起動する。

input imageで分割印刷する大判ポスターのPNGファイル(poster.png)を読み込む。

分割印刷する用紙設定を行い、ここではデフォルトのままDIN A4のフォーマットで、ボーダーも上下左右1.5cmとする。

オーバーラップ部のサイズ設定を行い、ここではデフォルトのまま幅1cm、高さ1cmとする。

幅、高さで何枚に分割して印刷するかを設定し、ポスターのサイズを決定する。

Save the posterで、分割印刷のPDFを出力する(splitted poster.pdf)

以上で、下図のように分割印刷された大判ポスターのPDFが得られる。

分割印刷し終えたら、カッターナイフ、定規を用意し、不要な部分をカットし、

両面テープをあらかじめ糊しろの部分に用意しておく。A4のまま持ち運び、学会のポスター会場に到着したら、これらをひとつにつなぎあわせて大判ポスターにすればよい。

ここではA4の例を示したが、A3で作製すればつなぎあわせる手間を減らすことができる。また、縁なし印刷ができるプリンタで印刷すれば不要な部分をカットする手間を減らすことができる。

Categories: Research.

ハーブ&ドロシー アートの歴史を塗り替えた小さな二人

渋谷のシアター・イメージフォーラムにて。監督は佐々木芽生、出演はハーブ&ドロシー(ヴォーゲル夫妻)、クリストとジャンヌ=クロード、リチャード・タトルら。製作は2009年アメリカ。

郵便局員のハーブと、図書館司書のドロシー、夫婦共通の楽しみは現代アートのコレクションだ。選ぶ基準は二つ。自分たちの給料で買える値段であること。1LDKのアパートに収まるサイズであること。慎ましい生活の中で30年の歳月をかけコツコツと買い集めた作品は、いつしか20世紀のアート史に名を残す作家の名作ばかりに!

現代アートが好きだ。同時代を生きるアーティストとその思考過程を共有することができるからだ。ハーブとドロシーは、現代アートの展覧会をめぐり、興味をもったアーティストを訪ね、作品をみては、意見を交換し、気に入った作品を買い求める。アートを純粋に愛し、金銭的価値やトレンドと無関係にアートと向き合う。

二人のコレクションの特徴はアーティストの思考過程をこっそり覗いているような親密感があること。- ジョン・パオレッティ

アーティストと同時代を生き、アートを理屈で考えるのではなく、ひらすらに”見る”という行為を通じて、心で作品に関わってゆく。

我々の多くは見てるようで何も見てない。だがハーブとドロシーのように”見る目”のある人もいる。見たことが目から直接魂に届くんだ。脳を通らずにね。- リチャード・タトル

佐々木芽生監督はアート市場が高騰するなか、すでに高価になった現代アートの作品を売却することなく、アートを純粋に愛し、収集を続けるハーブとドロシーのことを知り、衝撃を受けて、映画を撮ることを決意する。予算は4倍に膨らんで、銀行から借金をして、アパートを抵当に入れて、この映画を完成させた。

アートを愛するとは何か、アートと生きるとは何か、また資産や知識、社会的地位がなくとも、アートと真摯につきあうことでアートがいかに我々の心を自由にし、生活を豊かに潤すものであるか。自分の情熱を見極め、それに従ったとき、自分が思いもよらない場所に到達できるのではないか。ヴォーゲル夫妻の素朴でありながら情熱的な生き方は、私たちに、アートを越えて「生きるとは何か?」という問いを投げかけてきます。暗く、後ろ向きなメッセージに溢れる今の日本で、お二人の姿が観る人の心をほんのり照らす一条の光となってくれることを祈ります。

佐々木芽生監督はハーブとドロシーの自宅に遊びに行き、おしゃべりをし、食事をしたり、熱帯魚の世話をするなかで、信頼関係を築き、ドキュメンタリーを撮影した。ハーブとドロシーは最初、アーティストを訪ねるシーンは撮影を嫌がったとのことだが、最後には撮影を許してくれるようになったという。この映画のなかで、印象的だったのは、ハーブとドロシーがアーティストを訪ね、作品をみてゆくなかで、素晴らしい作品に出会ったときに、食い入るように作品を見て、その目がキラキラと輝いているところだ。

彼らはまれな存在よ。アートのために全てを投げ打ち、アートのためだけに生き、アートを愛し思いやった。とても純粋なの。- リンダ・ベングリス

この言葉だが、アートをサイエンスに置き換えてみたらどうだろうか?ハーブとドロシーがアートに対してそうであったように、ここまで純粋に、サイエンスのためだけに生きることができるだろうか?

Categories: Movies.

第20回神保町ブックフェスティバル

10/30(土)-31(日)に神田神保町の書店街で開催された第20回神保町ブックフェスティバルに行ってきた。書籍のワゴン本セールをはじめ、朗読会、古書講座、絵本作りワークショップ、サイン会などのイベントが開催されていた。お目当ては児童書ワゴン本セールである。

神保町ブックフェスティバルは毎年開催されているもので、毎年児童書ワゴン本セールで絵本を買うのを楽しみにしている。それぞれの出版社のブースのワゴンにそれぞれの出版社が子どもたちに読んでほしいという思い入れのある児童書が並べられ、半額かそれ以下でセールされている。今年も20冊近くの絵本を購入した。

この児童書ワゴン本セールの魅力は、出版社の方から絵本について話を伺うことができることだ。作り手の思い入れを伺い知ることができる。絵本選びというのはむずかしい。どうしても親の好みで偏りがちだ。さまざまな出版社の方から絵本への思いを伺いながら、絵本を選ぶことができるこのブックフェスティバルは貴重な機会だ。

日本の絵本は、日本の絵本にくわえて、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカなどの諸外国の絵本も数多く翻訳されていて、質の高い、多様性に富んだ絵本が並んでおり、素晴らしいとあらためて思わされた。ドイツのハイデルベルクに居住していたときに、書店で絵本を買い求めていたが、質は高く、素晴らしい絵本ばかりであったものの、ドイツらしい絵本がほとんどで、諸外国の絵本はそれほどなく、これほど多様性に富んだ絵本は並んでいなかったように思う。

日本の出版には再販制度の問題などの問題が山積しているが、これほど豊かな出版文化にめぐまれている国はそれほどないのではないだろうか。熱い思いで出版にたずさわっている出版社の方から絵本について話を伺い、日本の出版文化の豊かさに触れ、購入してきた絵本をみて喜んでいる娘をみて、豊かな気持ちになった。

Categories: Books.

キングズ・シンガーズ イン東京

7/6(火)の石橋メモリアルホールでのキングズ・シンガーズ イン東京のNHK教育テレビの録画を観た。

キングズ・シンガーズは、1968年にケンブリッジ大学のキングズ・カレッジの学生6人によって結成されたア・カペラの合唱団である。正式名称は”King’s College in Cambridge, England”である。イギリスで1970年代と1980年代に人気を博すと、国際的に活動するようになり、”Simple Gifts”のCDでクラシック部門のグラミー賞を受賞するなどしている。キングズ・シンガーズのレパートリーは、中世からルネッサンス、ロマン派から現代、そして世界の民謡やポップスなど幅広く、世界中の人々を魅了している。

プログラムは、イタリア・ルネッサンスの歌の「勝ち誇る愛の神」(ガストルディ)から始まり、「ああ、お前を愛している」(モーリー), 「3つの田舎舞曲がひとつに」(レヴェンズクロフト), 「かわいいフィリスはひとりでいた」(ファーマー),  「おお、幸せな瞳よ」(エルガー), 「春の祭り」(メンデルスゾーン), 「リディア」(フォーレ), 「シルヴィアはだれ」(シューベルト), 「華麗なる千拍子」(ブレル), 「私の心はあなたの中に」(作曲者不詳), 「マスターピース」(ドレイトン), 得意のビートルズの「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」(レノン/マッカートニー), 「アイム・ユアーズ」(ムラーズ)など, そして日本の歌の「故郷(ふるさと)」(岡野貞一)で終わる21曲である。

高い音楽性と機智に富んだステージで、ア・カペラの合唱を久しぶりに楽しんだ。録画でこれだけ楽しめるのだから、コンサートホールにいたら、どんなに素晴らしかっただろうか!

「マスターピース」は400年のヨーロッパのクラシック音楽の歴史を、わずか13分で、ヨハン・セバスチャン・バッハから始まり、作曲家の名前や音楽記号、作品名などを歌詞に、それらしい音楽で歌い、バッハに終わるというもので、これは楽譜が欲しくなった。
最後の日本の歌の「故郷(ふるさと)」も素晴らしかった。日本人が歌うのとは、日本語の発声は違うけれど、そんなことはどうでもいいほど、心に沁み入るような美しい合唱だった。音楽に国境などない。No border in the music!

Categories: Music.

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BH (BioHackathon) 10.10

10/18(月)-22(金)に伊豆修善寺にて、国内のライフサイエンスデータベースプロバイダ、アプリケーション開発者、ユーザ向けの技術勉強会であるBH10.10が開催されている。BHはBioHackathonの略で、このHackathonという言葉は、”hacking”(ハッキング)と”marathon”(マラソン)を合成した造語で、あるテーマに興味のあるハッカーたちが集まり、現在の問題を議論し、その問題をソフトウェアをハックしまくって解決しようという合宿のことである。BioHackathonはその名の通り、Bio(生命科学)のHackathonである。

DBCLS BioHackathonは2008年, 2009年, 2010年と開催されてきており、2008年は東京のお台場でワークフロー構築のためのWebサービスやデータ交換フォーマットの標準化、2009年は沖縄のOISTでWebサービスの利用によるワークフロー構築、2010は東京のDBCLSでセマンティックウェブによるデータベース統合をテーマに開催され、国内外のデータベースプロバイダ、アプリケーション開発者、ユーザが参加してきた。

BH10.10は、統合データベースプロジェクトの現状と今後の展開、参加者全員のライトニングトーク、データベースおよびサービスと技術のシンポジウム、チュートリアル、オープンスペース、ハッカソンという構成で、活発なディスカッションや情報交換が行われ、国内のデータベースプロバイダ、アプリケーション開発者、ユーザがのべ60人程度が集い、その模様はustreamでライブ中継され、Wikiにまとめられている。

BioHackathon 2008は初日のみの参加だったが、BioHackathon 2009はユーザとしてBioCichlidの開発者として、BioHackathon 2010と今回のBH10.10はアルツハイマー病パスウェイデータベースであるAlzPathwayのデータベースプロバイダとして参加してきた。AlzPathwayは信頼性の高い論文のマニュアルキュレーションにより構築したデータベースで、606分子、840反応について細胞種毎、細胞内局在に
分けてCellDesignerで記述したものである。現在、論文投稿の準備とデータベース公開の準備を進めている。

今回BH10.10に参加した問題意識は、(1) 構築したAlzPathwayのデータベースの継続的な更新をどうするか、(2) AlzPathwayと既存のパスウェイデータとの連携をどうするかということだった。前者は非常にむずかしいことがあらためてわかった一方で、解決のためのヒントを得た。長期的な視野をもって、粘り強く取り組んでゆきたい。後者はBioHackathon 2010でセマンティックWebでの連携を模索したが、こちらも今後継続して取り組んでゆきたい。

今回は途中で帰京しなければならなかったため、ハッカソンには参加できなかったが、シンポジウムもチュートリアルもライトニングトークも非常に有意義なものだった。チュートリアルではなかでも荒川和晴さん(慶應義塾大学先端生命科学研究所)のDashcode 3による次世代ウェブアプリケーション開発は衝撃的だった。さっそく解析の合間にDashcodeをいじっている。

ハッカソンには参加できなかったが、WikiやTwitterをみると、データベースのRDF化からはじまり、オントロジー、Webサービス、Galaxyによるワークフロー、可視化(Cytoscape)、OSQAを利用したあたらしいQAサイトなど、非常に活発にハッカソンが進行しているようだ。

BioHackathon 2008, 2009, 2010で、WebサービスとしてSOAPからREST、ワークフロー、セマンティックWebへと展開し、それぞれのテーマで大きな成果を挙げてきた。国内外のライフサイエンスデータベースプロバイダ、アプリケーション開発者、ユーザが問題を洗い出し、議論し、共通の認識をもって、今後の方向性を模索し、ハックしてゆくという貴重な場で、夜遅くまで飲みながら参加者間のつながりが形成された。DBCLS BioHackathonは非常に有意義な活動で、ライフサイエンス統合データベースセンターの大きな成果だと思う。BioHackathonの活動を支えてこられたオーガナイザーの皆様に心から感謝したいと思いますし、今後もBioHackathonの活動が継続してゆくことを期待しています。

Categories: Science.

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InCoB (International Conference in Bioinformatics) 2010

InCoB (International Conference in Bioinformatics) 2010が9/26(日)-28(火)の3日間にわたり、早稲田大学国際会議場にて開催され、口頭発表してきた。

InCoBはAsia Pacific Bioinformatics Network(APBioNET)の公式国際会議で、今年は日本バイオインフォマティクス学会(JSBi)、国際免疫学会(IIMMS)および情報計算化学生物学会(CBI)との共催で、早稲大学国際会議場で開催された。

私は以下の口頭発表を行った:
Biological Databases and Software Tools I
BioCichlid: central dogma-based 3D visualization system of time-course microarray data on a hierarchical biological network.
Ishiwata RR, Morioka MS, Ogishima S, Tanaka H.

口頭発表のスライドはInCoB 2010のWebサイトで公開している。

また、私のグループの菊地正隆さんが以下のポスター発表を行った:
173
A global structure and evolutionary constraint of functional modules in the protein interaction network.
Kikuchi M, Ogishima S, Niimura Y, Tanaka H.

口頭発表やポスター発表でデータベース開発者やネットワーク研究者をはじめとした方々に興味をもっていただくことができ、有意義なディスカッションをすることができた。

アジア太平洋のバイオインフォマティクスのネットワークということで、中国、韓国、シンガポールなどの国々はもちろん、オーストラリアからの参加者も多いように見受けられた。

Categories: Conference.

世界を変えるデザイン

シンシア・スミス(著), 槌屋詩野(監訳), 北村陽子(訳), 英知出版(2009)

原題の”Design for the other 90%”の通り、残りの90%の人々、すなわち途上国の人々のためのデザイン革命についてとそのデザイン・イノベーション実例集である。2007年、アメリカのスミソニアン/クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館において開催された「残りの90%のためのデザイン展」の記録である。

世界の全人口65億人のうち、90%にあたる58億人近くは、私たちの多くにとって当たり前の製品やサービスに、まったくといっていいほど縁がない。
さらにその約半分近くは、食糧、きれいな水、雨風をしのぐ場所さえ満足に得られない。

この残りの90%の人々の生活を良くするには、何が必要なのだろうか。
「思い」だけでは、何も変わらない。お金の援助も、それだけでは不十分である。実際に人々のライフスタイルを改善する、具体的な「もの(製品)」が必要なのだ。

本書では、アフリカの地方部に住む人々の水汲みのためにつくられたQドラムなど、デザインだけでいかに世界の人々に貢献できるかという実例を目の当たりにすることができる。

ほとんどの現代のデザイナーの仕事は、世界の大多数の人々には何の影響も与えていない。しかし、デザインには世界を変える力がある。私たちは、まだそれを知らないのだ。

読む進めてゆくなかで、カンボジアの僻地地方のラタナキリにあるインターネット・ヴィレッジ・モトマンが目にとまった。太陽光発電を備えた15の村立学校、遠隔治療診療所、行政事務所のために始まったもので、モバイルアクセスポイントと衛星への信号伝送装置を備えたホンダの5台のオートバイが使われているというものだ。そのオートバイの写真に見覚えがあった。2002年のタイの、Waveというモデルのオートバイだ。東南アジアで人々に愛されるオートバイをつくろうとしていた父のことを思い出した。単なる移動手段としてのモビリティではなく、モビリティの楽しさのあるオートバイをつくろうとしていたのではないか。

デザイン画集は、美しいデザインをみて楽しんだり、インスピレーションを得たり、あるいはふと仕事を忘れてリラックスしたいときに広げるものではないかと思う。ところが、本書を読了したときには、正直なところ、何ともいえない無力感に襲われた。

世界の8億4,000万人以上が栄養不良で、そのうち7億9,900万人は開発途上地域に住んでいる。(CARE)

毎年、5歳以下の子ども600万人が飢えのために命をおとす。(CARE)

安全な飲み水と適切な下水処理を欠いているために、毎日3,900人の子どもたちが命をおとしている。(ユニセフ)

こうした事実がデザイン・イノベーション実例集のなかで、デザインの写真とともに読者に突きつけられるのだ。本書では「デザインには世界を変える力がある」としているが、はたしてデザインで世界を変えられるのかという絶望感に襲われてしまったのだ。

私たちの身のまわりにはデザインや「もの(製品)」が溢れている。しかし、はたしてどれほどのデザインや「もの(製品)」が本当に必要なものなのだろうか?そして、デザインとは何だろうか?発展途上国の人々のための世界を変えるデザインは、実は、私たち先進国の人々の世界を変えるデザインでもあるのではないだろうか。デザインに苦悩する現代のデザイナーこそが読むべきデザイン論ではないかと思う。

Categories: Books.

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「天才」の育て方

五嶋節(著), 講談社現代新書(2007)

「アホンダラ神童!」「くそったれ天才!」天才ヴァイオリニストと呼ばれた五嶋みどり、五嶋龍の母親である五嶋節さんによる「体当たり教育論」。この「アホンダラ神童!」「くそったれ天才!」は実は著者が考えたタイトルだったのだが、編集部の意見で「『天才』の育て方」になったとのこと。このタイトルで執筆するのは躊躇したとしながら、本書を書き上げたのは著者の子育てへの熱い思いゆえに他ならない。うわべだけの子育て論ではない、迫力のある子育て論が展開されている。

目次をみるだけでも、本書で著者が言わんとしていることがわかる。

第1章 親子は「コミュニケーション」がすべて
第2章 サル真似のススメ
第3章 あなたは私の「世界一」
第4章 過保護のどこが悪いのか?
第5章 お母さん、自信をもって!

著者が言わんとしていることは第1章に凝縮されているといっていい。五嶋みどりや龍を超一流のヴァイオリニストに育てようとしたわけではなく、子どもたちと、ヴァイオリンを通じてコミュニケーションをとり、真剣勝負し、共に成長してきたことが綴られている。

子どもにヴァイオリンを教えて、ほんとうによかったと思えるのは、ヴァイオリンというものが私と子どもたちの間を結ぶコミュニケーションの手段として存在したこと、そしていまも存在し続けていることです。

第2章では、「サル真似をするから成長できる」、「個性は誰にでも備わっている」、「『疑問をもち、考えること』が大切」、「積極的に疑問をもつように」などが述べられている。「疑問をもち、考えること」、「積極的に疑問をもつように」は私が子育てのなかで、もっとも重視していることのひとつで、娘の名前の由来のひとつでもあり共感した。この第2章のなかには「宿題をやらないのは親の責任」という節もある。

龍がニューヨークの公立小学校に通いはじめたときのことです。日本の最近の公立小学校では宿題が少なくなって、ほとんど出さない学校もあると聞きますが、アメリカの小学校はそれに比べて随分宿題が出ます。そして、学校の先生は、両親あるいは親戚などの保護者に対して宿題を手伝ってくださいといいます。

これには最初驚きました。… 親が積極的に子どもの宿題を手伝うよう勧められたことには仰天しました。いや、勧められたというより命じられたといったほうがいいくらいです。しかし、それによって、親子のコミュニケーションが成立し、親子が共に道を歩むことになるのです。

結局、親と子どもと真剣勝負をし、コミュニケーションをとって、共に歩むことができるかどうかなのだろう。親が子どもと共に乗り越えるのであれば、お受験もそのひとつのかたちなのかもしれない。

子育て論ではないが、著者が面白いことを書いている。

60 歳を越したヴァイオリニストが、モーツァルトが10代のときにつくった作品を演奏したもするのです。そこまで歳を重ねれば、10代の頃の初々しい表情や感性といったものは、ほとんど忘れているでしょう。モーツァルトの初々しい楽曲に対して、技術と経験を駆使し、知識と理論で解釈した演奏が名演といわれたりするのですが、はたしてそれが若きモーツァルトの音楽といえるのかどうか。

10代で難曲を弾いた五嶋みどり、五嶋龍への批判への反論なのだが、言われてみれば確かにその通りである。

第3章では「何事にも忍耐力が欠かせない」、「子どもに打ち込めるものを与える」、「子どもに手を出すとき、出さないとき」、「自分の子だけを思いっきり愛して」など、第4章では「結果は重要なことではない」、「子どもと一緒に勉強しましょう」、「『過保護』と『甘やかす』ことは違う」、「過保護なくして親離れなし」など、第5章では「子育てに自信を失っている方へ」などが述べられている。

離婚をして、五嶋みどりを連れて日本を飛び出して渡米した著者が、子どもたちを誰よりも愛し、周囲からの批判をはねのけて信念をもって、真剣勝負で育ててきた生きざまに深く感動した。非常に共感し、また、子育てに取り組んでいる新米の親として勉強になった。子育てをしている、そして子育てに悩んでいるすべての親にお薦めしたい「体当たり教育論」だ。

Categories: Books.

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東京芸術大学美術館「絹谷幸二 生命の軌跡」退任記念展

絹谷幸二氏は1974年当時史上最年少で安井賞を受賞し、若手洋画家として期待されて最前線で制作を続け、20年以上に渡り東京芸術大学絵画科油画で教鞭をとってきた現代日本を代表する洋画家。アフレスコ絵画の日本における第一人者。その絹谷幸二氏の東京芸術大学の退任記念展に行ってきた。

絵画作品、立体作品など約50点が、初期の油彩の作品から、大学時代の卒業制作「蒼の間隙」(1966)、イタリア時代のアフレスコ習作、最新の作品までが展示されていた。大学の卒業制作「蒼の間隙」は、スキューバーダイビングをしていた学生時代の、蒼い色調の幾何学的な世界である。それが、イタリア・ヴェネツィア留学を経て、氏の独特の豊穣な色彩の世界が開花する。

(氏の故郷である奈良の)仏様に囲まれた町を歩いていると、都だった時代はまさに匂うがごとく、色彩が乱舞していたと想像できました。平和な町には色があり、その色には人々の心を発奮させたり鎮めたりする力があります。しかし、戦地や砂漠など厳しい環境では色は失われる。色彩を駆使することは難しいけれど、だからこそ過酷な世界に身を置き、苦しさを躍動する力に変えてきたつもりです。

豊穣な色彩の作品群、例えば、立体作品である”Open the Box of Pandora”(1990)は溢れんばかりの氏の思いが伝わってきた。一方で、昭和18年生まれの氏がかすかに感じられた戦後の焼き後のにおいを作品にとどめた「ノン・ディメンティカーレ(忘れないで)」(1994)は重苦しいモノトーンとも言える作品だった。氏の若い頃の愛、生と死の悩みを描いた蒼の時代から、イタリア・ヴェネツィア留学を経たあとの、劇的に変化した色彩の横溢の時代へ入り、リンゴをモチーフに死んでゆく万物・無常、それに平和や戦争を描きながらも、浄土や天国、喜び、寺社仏閣、花などを描く「生命の軌跡」に圧倒された。

実は、この展覧会は、併設されていた他の展覧会のついでに寄ったのだが、むしろこの展覧会に出会えたことを感謝している。1/19(火)まで東京芸術大学美術館で開催されている。

Categories: Arts.

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